« シンケンジャー いざ参る!(ウチに) | トップページ | ラグビーW杯が2019年に日本で開催! »

それを今、評価するということ

 

内田樹さんの今日のブログエントリ

書評の憂鬱」にこんなくだりがありました

 

(以下引用)

それにどうしても納得がゆかないのは、書評というものが原則として新刊についてしかなされないことである。
書評の連載をしている某誌では発行日まで指定されていて、それより以前に出た本は書評することができない。
なぜか?
私にはその理由がわからない。
かつて存在したすべての書籍は、そのつど書評の対象となってよろしいのではないか。
発行年月日にかかわらず、最近になって縁あって遭遇した本や、昔読んでいるのだが、そのときにはあまりぴんと来なかったことが、今になって突然「あ、そうか。そうだったのか」と腑に落ちた本というのは、「今」書評する価値があると思う。
その本がたまたま私の意識の前景にせり上がってきたのは「現在」の何かがそれを読むことを私に要請したからである。
その「何か」について考えることの方がはるかに知的に広がりのある場所へ私たちを連れ出してくれるのではないか。
私が今書評したい本は司馬遼太郎の『坂の上の雲』と丸山眞男の『現代政治の思想と行動』であるけれど、いかなる書評欄もこの申し出を受け容れてはくれまい。
私にはその理由がわからない。
すぐれたテクストにはさまざまな読み筋がある。
長い時間が流れて、今になって発見された読み筋というものがあるはずである。
それについて考えることは「書評」ではないという判断をなぜメディアの書評欄は下しうるのか、理由を誰か教えて欲しい。

(引用終わり)

  

なぜこれを引用したかというと

先日Tさんという患者さんから

ROCK DIVING MAGAZINE という

雑誌をいただいたからです

なんでもTさんがライターとして

制作に関わってらっしゃるとのこと

 

この ROCK DIVING MAGAZINE がどんな雑誌かというと

和洋・過去現在あるいは有名無名問わず

気鋭のライター陣がひたすら名盤と思しき音楽を

批評していくというもの

 

これがすごい

なにしろ僕がほとんど知らない盤ばっかり(笑)

たいがい僕自身マニアックな人間だと思ってますけど

これはマニアックなだけでなくさらにディープ

全然知らない盤に対する批評なんだけれど

なぜか楽しく読めるというのが不思議

 

 

僕が大事だと思うのが

「現在・過去を問わず批評している」という点

 

 

内田さんはメジャーな書評の世界において

過去の作品を評価してはいけないというところが

「わからない」とおっしゃっている

(ほんとはまるっとお見通しなんだけど)

 

だけどこの ROCK DIVING MAGAZINE は

インディーズなのでやりたいことをやってる

やりたいようにやれることの大事さをこの雑誌は持ってる

ここがこの雑誌が楽しく読める所以だなと思う

 

 

それを今、評価するということ

 

ここに価値を見いだせる

ROCK DIVING MAGAZINEの

編集及びライター陣は素晴らしい

 

Tさんありがとうございます

これからもがっつり読ませていただきますね

 

 

-ほねつぎ久保はり灸院・久保俊仁-

|

« シンケンジャー いざ参る!(ウチに) | トップページ | ラグビーW杯が2019年に日本で開催! »

つれづれなるままに」カテゴリの記事

当院でのできごと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« シンケンジャー いざ参る!(ウチに) | トップページ | ラグビーW杯が2019年に日本で開催! »